冒頭、次郎の婆や・お浜−望月優子は「本当に子供って可愛い」と云い、中盤
の終り頃の、次郎の母−花井蘭子の最後の科白も「子供って本当に可愛いもんだ
ね」だ。さらに、終盤の木暮実千代には、このような科白はないけれど、同じ気
持ちを身体全体で体現しているように思う。清水宏って、子供の目線で子供の世
界観を描いた作家だと紹介されることが多いが、その実、子供のことが可愛くて
しょうがないと思っている大人をずっと描いた作家だし、彼の(それはカメラの)
目線自体が、子供を慈しむ(そして時に子供をハードボイルドに見つめる)大人
の目線なのだと思う。
さて、本作は5部構成ある原作の、第2部の途中までを映画化した作品だ(文
庫本5分冊を読んだのは遠い昔ですが)。次郎が中学生になって兄の恭一と合同
修学旅行へ行き、帰宅した日までが描かれている。先に書いておくと、エンディ
ングには、帰宅した次郎と母親(継母というか父の後妻)−木暮との自宅内にお
ける、すれ違いの演出がある。2人が部屋や庭を入れ違いに行き来し、なかなか
会えないという演出だ。
他にも子供たちが歩いたり駈け回ったりといった清水らしさは随所に溢れてい
るし、屋外から屋内への(あるいはその逆の)横移動ショットも何度も出てくる。
特に、本家の寝たきりの祖父−杉寛に家の中を見せるシーンは特筆すべきだろう。
書画骨董を右へ横移動しながら見せる導入部。寝たまゝ持ち上げられて運ばれる
祖父を左へ移動して捉える。また、このシーンの後、次郎たちの父−龍崎一郎が
連帯保証の債務によって破産してしまい、家財が競売に出される場面でも、この
屋敷内を右へ移動しながらセリの様子と肩を落としてセリの声を聞いている父母
や祖母−賀原夏子を映す。
また、次郎は、本家の屋敷から没落後は母の実家(正木の家)へ預けられ、同
時に父は町で酒屋を始めるので、これらの異なる家屋内の場面も同様に流麗なカ
メラワークでよく捉えられている。他にも、友人の青木君の家−青木医院に度々
訪れる際の、川に掛かったちょっと立派な木橋の見せ方もいいし、橋ということ
なら、修学旅行の場面で出て来る、細い掛け橋を子供たちが歩く大俯瞰ロングシ
ョットも清水らしい。あるいは、旅館の中を右へ横移動しながら、画面奥の別棟
にいる子供たちを捉えるショットもスペクタキュラーだ。
尚、脇役の中で、本家の祖母−賀原の存在を書いておきたい。次郎に冷たくあ
たる、という見方をするムキもあると思うが、旧士族としての誇りを持ち続け、
封建主義(家父長制、主従関係)を守ろうとするそのブレない一貫性が、他の登
場人物の感情に随所で影響を与えて、展開の面白さに奏功する。それは「私が上
手くやるから」と云う木暮(賀原から見たら息子の後添え)の終盤の造型にも、
とても効果を発揮している。
#備忘でその他の配役などを記述します。
・小学生時代の次郎−大沢幸治は後の大沢健三郎だ。
・お浜−望月の夫は小学校の用務員をしている永井柳太郎。
・本家の使用人で、お浜のところに次郎を引き取る相談に来る築地博。
・小学校の先生で杉山弘太郎(後の杉江廣太郎)。
・正木の家の嫁は阿部寿美子。子供には葉山葉子と岩下亮−源吉がいる。岩下亮
は、岩下志麻の実弟。
・次郎が好きになる青木君のお姉さんは池内淳子。その父・青木医師は児玉一郎。
・中学校の朝倉先生は中山昭二がやっている。キリヤマ隊長。
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