本作にも「子供って可愛いというだけで、もう親孝行している」という科白が
ある。宇野重吉が我が子の寝顔を見ながら云うのだが、これと全く同じ科白が、
私が思い浮かぶだけで、1937年の『恋も忘れて』と、遺作(1959年)の
『母のおもかげ』にも出て来る。
冒頭は校庭で野球をする少年たちと画面左手前の肋木のところでそれを見る少
年。まだ12歳頃の河原崎建三−有道(ゆうどう)だ。顔はもう河原崎だが、こ
の後、帰宅時に道の端っこを歩く彼の姿が、思いのほか小さくて吃驚した。自転
車に乗った父−宇野が登場し、声をかける。
母は花井蘭子。眠った有道の足をさする。こゝでフラッシュバック。健康優良
児だった頃の有道。40度の熱がなかなか下がらなかった時のこと。回想開けの
花井の顔が変。宇野が突っ込むかと思ったが、続けて宇野の回想に突入。藁にも
すがる思いで、巫女のような教祖を訪ねたエピソード。頭を棒で叩かれる宇野。
彼の回想開けで、花井が「また思い出してたのね」と来る。こういった演出のキ
ビがいい。
清水らしさということだと、本作も何と云っても歩く人の映画だ。それは全編
で数えきれないぐらいある。中盤で「しいのみ学園」が開園してからは、汽車ご
っこで子供たちが走るシーンも目立つが、しかし、前半の神社か寺社へ通ずると
思しき階段(石段)を使って、女医の島崎雪子と河原崎が歩行の練習をするシー
ンが、1941年の『簪』を思い出させる清水らしい演出だろう。この場面では、
2人が掛け声をかけ、石段の段数を数えながら上って行く、というのも清水なら
ではだ。歩くシーンではないが、中盤以降の主人公と云っても過言ではない、学
園の教師−香川京子が、一人で立ち上がれない子供に対して「がんばれ、がんば
れ」と声を掛け続ける演出も清水作品に頻出するモチーフだろう。
また、原っぱ好き、原っぱに人が座るモチーフという部分だと、河原での校外
授業シーンがある。多くの子供たちは家族と一緒にお弁当を食べる。岡山から来
た鉄夫だけ、1人遠くにいる。香川が来て、リンゴを剥きながら、学園歌のよう
な椎の実の歌を唄う。遠くに散らばる子らも唄う。こゝで、立ち上がって「鉄夫
ちゃんが、唄ったよ!」と大声で皆に伝える香川。あゝこれもいかにも清水だと
思う。鉄夫を皆から遠い場所に配置したのは、香川に大声で皆に呼びかけさせる
ためだったのだと私は合点する。
あと、前半の宇野と花井の家屋においても、学園の教室と運動場などの画面に
おいても、複数の空間を前後に(縦に)見せて、奥行きをよく感じさせる造型で
ある点が清水の特徴と思うし(やはり『簪』で3つぐらいの部屋をぶち抜きで見
せた画面を想起させる)、また、屋内から屋外(あるいはその逆)への滑らかな
横移動ショットの活用もそうだろう。本作のラストショットは、教室内から戸外
へ左に移動し、途中で人物をフレームアウトさせて、校門の向こうの道を遠ざか
って行く子供たちを映す見事な横移動ショット。この校門の前の道もいい。特に
少し坂道になっているというのがいい。
#備忘でその他の配役などを記述します。
・女医は島崎雪子だが、院長先生は伊達信。
・河原崎の弟役は岩下亮で岩下志麻の実弟。河原崎とは従弟。
・岡山から鉄夫を預けに来る父親は龍崎一郎。母親(継母)役は水原久美子か。
・鉄夫役の毛利充宏は『母のおもかげ』の道夫。『麦秋』『東京物語』にも出演。
・生徒の中で汽車ごっこに加わらない照子は幼き葉山葉子だ。
・照子の母役は山岸美代子。岩下志麻、岩下亮らの実母。なので河原崎の叔母。
・しいのみ学園の所在は福岡県とのことだ。
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