鈴木英夫は、私にとって東宝映画の監督の中では成瀬の次に好きと云ってもい
い人だ。なので彼の演出を見たいという動機ももちろんあったのだけれど、何を
隠そう、デビュー後間もない−前年にデビューしたばかり。稲垣版『宮本武蔵』
のお通役と同年の−八千草薫を見ることが一番の目当てでした。というワケで、
充分に八千草薫を堪能することができる作品だが、この観点で云うと、もう彼女
のアイドル映画と云うべきでしょう。ところがどっこい、序中盤、いや終盤、い
や最終盤まで、ほゞ全ての観客は、アイドル映画として、どうせハッピーエンデ
ィングなんでしょうと高を括りながら見ると思うが、そうは問屋がおろしません。
そこらへんが、やっぱり鈴木英夫なのだ。まさかこんな曖昧な終わり方とは。
さてさて、八千草の可愛らしさを書きたいが上手く書く筆力がないので、鈴木
英夫らしい細部を少しあげながら、八千草の魅力にも触れていこう。例えば、本
作もまた原っぱが沢山出て来る映画だ。ファーストシーンは、草野球をする少年
たち。ボールを打った少年が、野手に「バックバック!」と叫んでいると、ずい
ぶん時間を置いて、道を歩いている高校生の八千草が素手でボールをキャッチす
る。少年は八千草の弟−井上大助で、この後すぐに、隣人の大学生−太刀川洋一
も登場する。中盤には、松林のある原っぱの中で、太刀川が八千草にキスを迫り、
思わずビンタし走って行く八千草を見せた後、普通ならこゝでシーン転換かと思
っていると、延々と八千草にカメラが寄り添って見せるという演出もちょっと突
出していると思った。
あるいは、家に遊びに来た八千草の友人−上月左知子がセーターの胸の部分に
スポンジを入れているという話をして2人してはしゃぐシーンがあるが、こゝの
カッティングの肌理細かさが鈴木英夫だと思う。ちなみに、八千草も上月もこの
頃はまだ宝塚歌劇団に籍を置いたまゝ東宝映画に出演していたとのこと(2人と
も1957年に退団する)。肌理細かな編集で云うと、結婚して神戸で洋品店を
やっている八千草の姉−杉葉子が実家(八千草の家)に来て、父母−斎藤達雄、
清川玉枝と会話する場面における極めてカッチリした切り返し演出を見ても、鈴
木英夫の安定したテクニックを感得できるだろう。
他にも、八千草の上着のポケットに入っていたラブレター(見知らぬ大学生が
電車の中で入れた手紙)を、姉の杉が読み上げるシーンで挿入される八千草の顔
アップが、全編でも最も愛らしいショットだと私は同定する。さらに、太刀川と
2人で入ったカフェのシーンで、BGMに耳を傾ける2人のツーショットで、ゆ
っくりと前進ドリーで寄って行く画面や、太刀川と喧嘩をした(上記のキス未遂
とビンタの場面のあと)八千草と彼女の弟との屋内会話場面の切り返しと彼女の
視線の演出も書き留めておきたいと思う。
尚、冒頭の草野球シーンもそうだが、屋内シーンにおいても、人物の顔の向き
が寄ったショットと引いたショットで繋がっていないという場面もチラホラ見ら
れる。この辺りの無造作にも思える演出・繋ぎ方が気になる観客もいるかも知れ
ない。たいそう肌理細かな演出が見られる場面とのクォリティの相違はどういう
ワケなのだろう。
#備忘でその他の配役などを記述します。
・八千草の家の最寄り駅は芦屋川駅。彼女が通う学校は六甲駅にある。
・八千草の姉−杉葉子の夫は伊豆肇。
・太刀川の父母は尾形伸之助(瀬川恭助)と英百合子。
・太刀川の大学の友人・森は野村浩三(尾棹一浩)。
・森のアパートの隣人に高杉早苗。芦屋川のお巡りさんに小林桂樹。
・誰も関西弁を喋らない。八千草は大阪出身なのだから、関西弁を聞きたかった。
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