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『春の妖精』
(フェルディナン・ゼッカ,1902)

 アリス・ギイのフィルモグラフィーにおける1906年の作品『春の妖精』を
見たと思っていたのだが、見終わって調べているうちに、これは実は1902年
のフェルディナンド・ゼッカ版だったと分かった。アリス・ギイ版は失われてい
るのかも知れない。しかし、本作がアリス・ギイ作だという認識が一部で広まっ
たのも理解できる。ギイの『キャベツ畑の妖精』や『第一級の産婆』に通ずる趣
向があるからだ。

 全般的感想を先に書くと、とても良く出来た作品だと思った。この時期の映画
だと、まだまだ固定のワンカット−ひとつの場面を定点ショットで撮っただけの
作品が多い中、本作は4つのカット(場面)に見せかけながら、さらに無数のス
トップトリックを使った(つまり無数のカッティングを行った)造型になってい
て、「大作」感のある満足度の高い作品だと感じた。

《以下、ネタバレ注意》

 ファーストショットは、雪降る屋外。大きな綿雪がゆっくりと降っている。画
面右端には家屋の玄関があり、中央から左にかけて庭、奥に林が見えている。こ
の画面造型がまず実にいい。こゝに男女(夫婦)が現れ、画面右の家屋の中に入
ると、屋内のショットが繋がれる(2カット目)。家の中は、画面左にドア、中
央奥に窓、右奥に暖炉がある。男性(夫)が中央手前のテーブルについてスープ
を飲む。この時点で、画面奥の窓の向こうに、私には初老に見える女性が家の中
を覗いている。この初老の女性を家に招き入れ、妻がスープを馳走すると、女性
が若返る(ストップトリックで別人に転換される)。若返った女性がタイトルの
妖精だ。

 妖精は画面左のドアを開け外に出、また屋外のショットが繋がれる。こゝで、
妖精が立ち止まると、ストップトリックで雪は止み、外は春になる。これが3カ
ット目だ。こゝで妖精は、10束ぐらいの小さな花束を魔法のように手に入れる。
花束が中空を飛んでくるのだ。これらの花束を夫婦の妻に渡すと、妖精はディゾ
ルブで消えてしまう。4カット目は、花束を持った妻とその夫が家屋の中に入っ
た画面。妻は部屋の中央のテーブルに花束を置く。そして、夫と妻は、花束の中
から1人ずつ赤ちゃんを取り出し抱き上げる。

 本作の面白さ、注目すべき点として3つあげたい。1つ目は、妖精の恩返し−
欲しかった赤ちゃんを夫婦に授けるという、物語映画として意外性もありながら
同時に落ち着きのいいプロット展開だ。次に、上には記述していなかったが、妖
精の出現時点から、ステンシルで部分着色されていることだ。妖精のレース生地
みたいなドレスは淡い緑色。髪には黄色い花飾り。屋外が雪景色から春に変化す
ると、黄色や桃色の花が出現し、妖精が入手する花束は黄色。3つ目は、この花
束が中空を飛んでくる表現の面白さだ。花束の動きを見るに、フィルムを逆回転
させたカットも繋いでいるのではないだろうか。つまり、妖精が持つ花束を中空
に飛ばした(ピアノ線で動きを操作している?)ショットを逆回転させ、空から
妖精の手に届いたように見せかけているのではないだろうか。しかしそれにして
も、多少ギクシャクはしているが、こゝまで見事に繋げた技術と、それ以上にエ
ンタメを作り出そうとする熱意と労力に脱帽する。

#ステンシルによる着色を担当したのは、セグンド・デ・チョモン。