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『J・エドガー』
(クリント・イーストウッド,2011)

 本作もイーストウッドらしく時間の解体と再編を駆使しながら、基本的には冷
静沈着な、マイペースと云ってもいい自律的自省的な演出の連続する作風だと感
じられる。しかし、そんな中で、こゝだけはとびっきり力を入れて演出している
と思われるシーンがある。見る人によって異なるのかも知れないが、私には、矢
張り、競馬場の場面から続く、ホテルにおける2人のシーンだ。こう書くと、レ
オナルド・ディカプリオ−J・エドガーが、ドロシー・ラムーアの話を持ち出し、
さらに「不完全な存在」なんて言葉を使ったことで、アーミー・ハマー−トルソ
ンがキレて、殴り合いになっていく部分を思い浮かべる人が多いかも知れないが、
私はその前の、2人がソファに座ったツーショットの時点で既に、演出の気合の
入りようを感じた。こゝも後方からと前方からのツーショットを絶妙に繋ぐイー
ストウッドお得意の切り返し演出だ。

 時間を組み替えるカッティングについては、ほゞ全てが唐突感のあるものであ
り、回顧録の口述筆記やそのモノローグといった緩衝材的な道具立てを用意して
いるにも関わらず、あまり活用せず、ワザといきなり時空をジャンプして繋げる
よう工夫しているように思った。この例として、時空を超越したマッチカッティ
ングの面白さを書いておきたい。例えば、年老いたJ・エドガーとトルソンがエ
レベータへ入って行き、出てくるショットでは青年時代の2人になっている、と
いうような繋ぎ。あるいは、競馬場のシーンも老人の2人へ前進移動で寄って行
くショットから小さくディゾルブして青年の2人から後退移動するショットを繋
ぐカッティングだ。こういったマッチカットだけでなく、トルソンを最初に見せ
るショットが、ガラスドア(すりガラス)越しのシルエットであるという演出や、
J・エドガーが執務室で腕立て伏せをしているところに、トルソンが入ってくる
採用面接の場面など、特筆すべき部分はトルソン−アーミー・ハマーのシーンの
ように思う。また、上の段落で触れたツーショット切り返しの演出なども含めて、
イーストウッド作品の要諦(核心)は、ジョエル・コックスかも知れない。

#劇中に出てくる映画関係のエピソードに関する備忘。
・キャグニーの『民衆の敵』と『Gメン』のショットが挿入される。
・『Gメン』上映後の映画館ロビーにいるシャーリー・テンプルは、子役時代の
 エミリー・アリン・リンドだ。
・J・エドガーがクラブでジンジャー・ロジャースのテーブルに案内される場面。
 ロジャースの母親役はリー・トンプソン。