先住民スー族と白人開拓者の戦いを描いた堂々たる西部劇。プロットのポイン
トは、白人開拓者を、タイトルにあるように明確に「侵略者」として位置付けて
いること(挿入字幕でも示される)、白人側の協定違反により戦闘が勃発したと
いう描き方であること、さらに、スー族の酋長の娘−スカイスターが、和平を取
り持つ役割りを担っていること、といったところだろうか。フランシス・フォー
ド演じる米国軍(騎兵隊)の指揮官(大佐)の娘が、傷ついたスカイスターのこ
とを思いやる、という位置づけであることも重要かも知れない。
一方、映画話法の観点でも、明記しておきたい部分の沢山ある映画だ。まずは、
冒頭から、フランシス・フォード大佐やその部下たち、スー族の酋長はじめ重鎮
たち、あるいは、大陸横断鉄道の測量技師たちと共に、フォード大佐の娘の様子
が描かれていて、てっきり、この娘がヒロインだろうと思わせる。そこに、唐突
に川をカヌーで下るスー族の娘−スカイスターの美しいロングショットが挿入さ
れて、このスカイスターが真のヒロインであることを予告しているような演出に
なっている。また、測量士たちが、測量機器で彼女を見る際にも、キャッチする
演出が繰り出される。これが望遠鏡ショットみたいな丸い黒枠の中にスカイスタ
ーがとらえられ、続いてこれを交互に見る測量士2人のショットが来る、といっ
た繋ぎであり、少々距離はあるけれど、切り返しの演出なのだ。さらに、スカイ
スターと測量士の一人を小川の岩に置き、彼女を追いかけてきたスー族の男との
縦の配置で逆構図(切り返し)を繰り返す演出にも瞠目する。
他にも同一空間内でカットを割る演出が複数ある。例えば、スー族が蜂起する
前にシャイアン族にも呼び掛けるシーンで、握手する酋長らを膝上のショットか
らフルショットレベルにポン引きするカッティング。このショットの終りには、
後景の画面右上に、丘へ駈け上がる先住民たちの乗馬が小さく映っている。あと、
終盤、騎兵隊の砦が先住民に包囲され、弾丸も尽きた状況になった大佐が、拳銃
に弾を一発だけ入れ、自分の娘の頭に銃口を向ける場面があり、こゝで、銃弾を
装填する手元のショットがアップショットで挿入される。やはり、このアップの
ショットを使えるかどうかは決定的な話法の差異だろう。
尚、戦闘シーンのロングショット自体に目を瞠るものも多数あるし、乗馬した
スカイスターが崖の上から転落して馬と一緒に斜面を転がるロングショットなん
かも凄い。そんな中でも、序盤でスカイスターと測量士の1人が腰かけた小川の
岩に、終盤では数人の測量士の死体、それも上半身裸にされた姿で、天地逆さま
で横たわっているショットがあり、こゝが全編でも一番強烈なショットかも知れ
ない。
#酋長やスカイスターが使っているテント内の光には違和感がある。この当時の
作品にはまゝ見られるが、屋内場面だが屋外で撮られているように見える。
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