戻る

『6人ぼっち』
(宗綱弟,2025)

 プロローグとエピローグを除いて、ほゞ全編、広島を舞台とする映画。それは
東京の高校生の修学旅行先。プロローグはクラスで孤立する5人の生徒たちが、
修学旅行の(自由行動時の)班編成で一つの班にまとめられる場面だ。主人公は、
担任の先生−賀屋壮也から班長を指名された加山君−野村康太。この時点でタイ
トルと比べて一人少ない5人なので、追加一名は謎として引っ張られるかと思い
きや、出発当日、一年間不登校(引きこもり)だった飯島−吉田晴登が出現し、
6人となる。この出発日のシーケンス冒頭、校舎上空から撮ったドローン真俯瞰
ショットはとても驚きのある画面だ。

 唐突に平和記念公園の慰霊碑(逆U字型モニュメント)の向こうにある原爆ド
ームが映る。この繋ぎもいい。班のメンバーの一人、フォロワー3万人の自称イ
ンフルエンサー・馬場−三原羽衣は、別行動をしようと云う。調子はいいが皆か
ら相手にされない五十嵐−五十嵐大輔も迎合するが、しかし、班長の加山君は、
それぞれが行きたいところへ皆で一緒に行こうと云い、とりあえず、一緒に行動
することになる。他のメンバーは、班行動中も東大目指して勉強をしている新川
−鈴木美羽と、真面目だが気が弱い山田−中山ひなの。当然ながらと云っていい
と思うが、紆余曲折を経て、6人が友情を育む過程が描かれる。

 画面造型の点で云うと、シネスコのアスペクト比を上手く活用しようという意
志がよく伝わる構図が多く、好感を持つ。例えば、冒頭、土手道を一人歩く加山
を横から撮ったショット。続けて、教室内に入った加山を画面中央に置き、画面
左奥には馬場、右奥に新川を配置した縦構図。また、記憶に残るドローン真俯瞰
がもう一カ所出て来る。それは、班行動中、引きこもりだった飯島が行きたいと
いうことで来た、大きな川にかかる橋の上だ。こゝで6人を横に並べて背中側か
ら撮った長回しショットも、シネスコの横長画面を活用した例としては顕著なも
のだろう。あるいは、6人が横に並んで公園の中を手前に歩いて来るのを正面か
ら撮ったショット(こゝはかなり戯画化された演出で浮いてしまっているが)。

 本作のウィークポイントを上げるとすると、まずは6人のキャラクタリゼーシ
ョンが皆幼ない、幼稚過ぎるという点だ。今時の高校生はもっと大人だ、という
感覚を私が持っていることもあるが、そんな現実らしさの問題よりも、映画とし
て、せめて一人ぐらい、もっと大人に描くべきだと私は思う。この点で、主人公
の加山−野村康太か、あるいは彼以上にプロットをドライブする馬場−三原羽衣
をもう少ししっかりと描くべきだったのではないだろうか。また、生徒会長の長
谷部−小西詠斗に対する演出(ディレクション)も類型的に過ぎると思うし、も
う一度くだんの橋の上に戻ってきた場面における、6人全員での絶叫号泣合戦な
んかは、どうしてこんな演劇的な造型を志向するのだろうと思ってしまった。

#撮影者は千田瞭太。公式ホームページにも記載されていない。