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『SUPER HAPPY FOREVER』
(五十嵐耕平,2024)

 年間ベスト級の作品と思う。赤い帽子(キャップ)と「ビヨンド・ザ・シー」
の映画。あるいはハイライト・メンソールの映画。あるいは、突堤から海を見る
女の映画。この全体的なクォリティの高さは、勿論スクリプトというか箱書きの
並べ替えフェーズの精錬、もしくは編集に依るところも大きいだろうが、何より
も撮影現場での的確なショットの造型とその積算に拠っていると感じる。

 しかし、本当に多くの事柄が、伏線と云うと大げさになってしまうが、後に出
てくる場面でよく機能したり、逆に、既に見せられた、あるいは語られた事柄と
連関したりする、といったかたちで驚きの途切れない映画だ。それは、本作が2
つの異なる時間軸−現在と5年前−を持っていて、まずは現在の場面で提示され
た会話や道具立てが、5年前に遡って裏を取るかのように画面に実装されたりす
るという構造的な側面が大きい。いやそれだけでなく、意味不明であったり理不
尽であったりするシーンを先に見せた上で、後から真意やその種明かしを見せる
といった順番が徹底しているのだ。

 いくつか例をあげる。浜辺を歩きながら赤いキャップをかぶった男の子を見つ
けた主人公の佐野−佐野弘樹が、男の子の親に、その子の帽子ですか?といきな
り聞いて怪しまれるシーンのロングショット。あるいは携帯に電話がかかってき
た後、会話の途中でいきなり携帯を海に投げる佐野。佐野の友人−宮田佳典の、
ホテルの大浴場で倒れていた老人への対応(その手際の良さ)を端折って見せる
繋ぎ。佐野と宮田が乗った遊覧船のシーンで、佐野が見せる赤いキャップの写真
(鏡に反映したフラシュの光)。佐野が唐突にカラオケで唄う英語歌詞の「ビヨ
ンド・ザ・シー」と立ち尽くす佐野。タクシーの運転手−足立智充が堤防に出る
女の幽霊の話をした際に、運転席を蹴る佐野(佐野はその幽霊の正体を知ってい
たのだろう)。泥酔した佐野が、宮田に買ってきてと頼むタバコはハイライト・
メンソールだ。このタバコは現在から5年前へワンカット内で遷移する際の重要
な小道具になる。ホテルのベトナム人従業員アン−ホアン・ヌ・クインの鼻歌も
「ビヨンド・ザ・シー」であること。そして、夜のクラブの場面で出てくるタバ
コはショートホープとハイライトメンソールであり、ファミマの前で、佐野と凪
−山本奈衣瑠が2人でカップラーメンを食べるシーンでの凪の科白「永遠にずっ
とめちゃくちゃ幸せでいられる」。あゝなんて切ない造型だろう。

 といったかたちで細部をあげても、どうもスクリプトの周到さの例に終始して
いるみたいな感覚になってしまうが、しかし、一定の距離を保ちつつ、決して突
き放さない眼差しで一貫した撮影、こゝぞという時にバストショット挿入や切り
返しを選択する画面造型のセンスが、年間ベスト級のクオリティを成立させてい
るのだ。とにかく全く必要十分なショットの集積だと思わせる。開巻の窓外の海
のショットや、大きな入道雲と小さな鳶がいる空を映したショットも忘れがたく、
エンドロールのボビー・ダーリンもメッチャかっこいい。

 ただし、確かに「どうして?」と思わせる画面がどんどん先に出て来て、理屈
が後から来る、というのは本作の良さだが、伏線回収のように、理屈が見せられ
るのが続く感覚になるのは本作の映画としての弱さでもあると私は感じる。この
作劇に感嘆する人が多いのだろうとも思うが、映画は「どうして?」の理屈なん
かイチイチ説明しなくても良い、しない方が良い、と私は思う。いずれにしても
(良かれ悪しかれ)、これはワールドクラスの作品だろう。この才能を世界は放
っておかないだろう(いや、もう既に世界はこの才能を発見しているのだろう)。