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『TAR/ター』
(トッド・フィールド,2022)

 ケイト・ブランシェットのパフォーマンスには恐れ入る。鬼気迫るものがある。
例えば、顔に怪我した状態で指揮をするリハーサル場面なんて、思わず嬌声をあ
げそうになるぐらい凄いと思った。全編彼女から目が離せない、その点ではたい
そう力のある映画だ。しかし、ほとんどブランシェットだけの映画だったように
も感じられて来る。

 あるいは、提示した謎を放ったらかしのまゝにし過ぎていると思える。別に全
てにおいて理由や理屈を描く必要はないし、幻聴や幻想もしくは超常現象だった
のだということでもいいのだが、しかし、これだけ多くの謎を残すと、謎の提示
の効果が薄れてしまっていると思う。もっと云えば、思わせぶりな謎の部分を切
り落として、90分くらいの尺にまとめてくれていれば、大傑作になっていたか
も知れないと思う。

 まずはアバンタイトル(エンドロールみたいな挑戦的なクレジットの前)のス
マホのチャット画面。この類いのシーンは後にも反復されるが、結局誰と誰が会
話していたのか明らかにされない(推測はできるが)。このような残された謎を
列記すると、夜中の戸棚の中のメトロノーム。別の日には冷蔵庫の音か。楽譜の
バインダーが無くなっている件もある。ピアノで作曲中に、不意に窓の方を凝視
したり、娘ペトラが部屋のドアの方を見つめたり。あるいは、ジョギング中の女
性の悲鳴。チェロ奏者のオルガが入って行く廃屋。その地下の犬の扱い。

 シーンで瞠目したのは、序盤のジュリアードでの指揮者クラスの授業風景だ。
こゝの長回しの演出、カメラワークは凄いと思った。だから、以降もずっとシー
ケンスショットがあるのだろうと期待してしまったではないか(以降シーケンス
ショットは無かった)。この授業シーンは、同時に男子学生の貧乏ゆすりがわざ
とらしくて嫌悪感を覚えたが、同じように、後半で、ブランシェットがアコーデ
ィオンを弾きながら嫌味な歌を唄う場面もやり過ぎだろう(精神の破綻を示唆し
ているとは云え)。

 また、前半でブランシェットの世話係のような役回りのフランチェスカをノエ
ミ・メルランがやっていて、彼女が国際的な女優に成長していく姿を見ることが
でき、嬉しかったが、こゝまで良い役なのだから、後半ももう少し登場させても
良かったんじゃないか、と思った。ただし、フランチェスカのみならず、告発さ
れた裁判の行方もほとんど割愛してしまう潔さは、本作の美点と云うべきだろう。
あと、ブランシェットが、NYの実家(?)に戻って子供の頃に見たのであろう
バーンスタインのビデオを見る場面は周到なプロット構成だ。これがあるから、
エンディングの皮肉が、ただの皮肉に終わらず、力強い希望にも受け取ることが
できるだろう。