戻る

『3つの鍵』
(ナンニ・モレッティ,2021)

 原題は「3階建て」を意味するらしく、建物が主人公と云ってもよい部類の映
画なのだが、3という数字を残して、全く異なる抽象的な邦題を設定した所業も、
この映画同様、なんだか人を食っているように感じられる。

 まずは、冒頭の事件の連打、畳み掛けの演出で一気にプロットに引き込まれる。
緩急の緩もよく、自動車が激突し大破した壁の内側(屋内)に、小さな女の子、
フランチェスカが佇んでいる見せ方なんかも、とても上手い。さらに、この後す
ぐに、出産シーンを繋げる、というのも唸ってしまった。いや、もっと云えば、
クレジットバックは原題タイトルロールの大きなアパート(高級マンション)、
その玄関側の正面ショットだったが、監督名のクレジットの直後に上階の窓に灯
りが点く。この時点で、あゝ丁寧な仕事、と思った。

 さて、本作は、この3階建ての建物に住む4つの世帯(3つではない)の住人
達の、冒頭事件を契機に生起する交錯を描いたプロットだと云えると思うが、ど
んどんイヤらしい人間関係を繰り出して見せつけて来る作劇で、途中で辟易する
と思いながらも、面白くて仕方がなくなってしまうのだ。自動車事故を起こした
アンドレアとその父母(特に父親)との関係、壁に穴を開けられたルーチョと、
ルーチョの娘フランチェスカを預かってくれた同じフロアに住む老夫婦(お爺さ
んはレナート)との関係、またレナートの孫娘−チャーミングなシャルロットと
ルーチョとの関係、そして、冒頭で出産シーンのあるモニカと不在がちな夫と、
その兄との関係。これらが、どんどん泥沼化していく展開が、狡猾といっても良
いぐらい、見事に描かれている。また、いよいよ修羅場か、という瞬間に、5年
時間をジャンプさせてしまう処置も、憎たらしいが上手いと思う。

 カメラワークで目立つのは、人物の会話シーンでの、非常にゆっくりとした前
進ドリーショットで、本作の場合、これにより、会話する人物の心の奥底に徐々
に迫っていくような感覚にさせられる効果が出ていると思った。また、前半は、
例えば、レナートの家からフランチェスカを引き取るシーンなど、意味不明なア
クション繋ぎというか、ポン寄りが目についたが(こういう演出ってヨーロッパ
映画らしい)、後半は見なくなる。このポン寄りも、前半の混乱した状況を表象
させる意図があったのではないかと私には思える。

 また、多くの人物の中で、モニカだけは異質の存在だ。彼女だけが幻影を見た
り、逆に彼女が幻影となって出現したりし、画面に不穏なものを持ち込み、観客
の不安を掻き立てる役割を果たしていると思う。ただし、終盤は、アンドレアと
母親のドーラとのプロットの比重が高まり、ドーラがいくつかの良い場面を導い
てくれ、最終的に穏やかな収束を迎えるのは満足感のある展開だろう。路上のタ
ンゴダンサーたち(ゲリラ・タンゴ?)の優しくつつましい画面も落ち着きがい
い。エンディングに至るまで、全編緻密に考え抜かれた、クレバーな演出の映画
だと思う。