本作も『ハッピーアワー』と甲乙つけ難いレベルの傑作だ。見終わったあと、
数日間、頭の中でガーシュインのメロディが鳴り続けた。本作や『ハッピーアワ
ー』に比べるなら、確かに『ドライブ・マイ・カー』は見劣りする、と云えるだ
ろう。アバンタイトルは高台の丘(墓地?)。土に穴を掘るケンイチロウ(岡部
尚)。横にタカコ(占部房子)。猫を埋めている。ガーシュインの「三つの前奏
曲2番」が流れる。濱口らしい街の大俯瞰。昼間から夜。車の流れ。本作は、横
浜が舞台だ。
続くタイトルインの演出で、まずは、ガンと殴られたようなショックを受ける。
走るタクシーが急停車して、乗客のカホ(河井青葉)が窓に手をつくカットで、
タイトルが入るのだ。カッコいい!カホとトモヤ(岡本竜汰)は学生時代の友人
達との食事会に急ぐ。このレストランのシーンでは、ケンイチロウが先におり、
遅れてタケシ(渋川清彦)も登場する。これら5人が主要登場人物だ。この場面
では、顔のアップで会話を繋ぐ、という部分があるのだが、どのカットもイマジ
ナリーラインを意識したもので、まだ、近作の濱口らしい正面切り返しは使われ
ていない。
レストランを出た後、男三人(ケンイチロウ、トモヤ、タケシ)が笑いながら
街を走ったり、バスの中ではしゃぐ、美しい構図のカットがあり、カサヴェテス
の『ハズバンズ』みたい、と思う。彼らは、冒頭ケンイチロウと猫の埋葬を行っ
ていた、タカコのマンションへ向かうのだ。タカコの部屋の場面は2回あり、こ
の最初の場面では、部屋とバルコニーあるいは、屋上やマンション前の道などを
舞台とした人物の出入りのコントロールが実に鮮やかだ。また、終盤の(2回目
の)、トモヤとタケシとタカコによる「本音ゲーム」とそのショッキングな収束
の描き方は、よりスリリングな演出で、やはり、この部屋でのプロットが本作の
肝だと云えると思うのだが、いや、カットの強さ、ということで云うならば、本
作の白眉は別にある。
その一つは、プロット展開上、突出したシーンになっているカホの授業シーン
(中学の先生なのだ)。唐突な生徒たちとのディスカッション。テーマは「暴力
について」。「私の内から起きる暴力」と「他者からの暴力」、そして、「許す
こと」について語られるのだが、。カホの仰角アップが、まるで『博士の異常な
愛情』のスターリング・ヘイドンみたいな強いカットなのだ。また、このシーン
は、2台カメラのマルチ撮影だと、はっきり分かる部分でもある。
そして、本作の最高のカットは、本牧あたりの港の朝、カホとケンイチロウの
二人が歩く長回しカットだろう。最初は煙を上げる煙突の画面にオフで会話。そ
のうち、右下に二人が入ってくる。徐々にウエストショットになって、二人は止
まり、ケンイチロウがカホの好きなところを列挙したりするのだが、この間、後
景に、Uターンするトレーラーが2回映る、という奇跡的なショットなのだ。
考えてみると、2回あるタカコの部屋のシーンでも、不在の(そこにいない)
カホのことが語られている、あるいは、カホのことを思っている部分が多く、や
はり、本作の真の主人公は、カホだと云えるだろう。タイトルインもカホの手だ
ったが、ラストシーンもカホを中心に据えて展開される、すなわち、「許すこと」
が描かれるのだ。
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