渡辺謙とサリー・ホーキンスの両博士がセットで要所に現れ、全体を下支えす
るようなプロットを形成する。ホーキンスは顔リアクションだけの存在感で、イ
マイチ役割が明確ではないが、渡辺謙は、もう一人の主役に近いプレゼンスだ。
この扱いは嬉しい面もあるが、結局のところ、傍観者的な評論家的な役割に終始
している感もある。人間としての登場人物の主軸は、あくまでもアーロン・テイ
ラー=ジョンソンを中心とする、その父親のブライアン・クランストンや妻のエ
リザベス・オルセンたちだが、彼らとて、狂言回しに過ぎないが。
さて、主役−ゴジラの本格的登場は1時間をかなり過ぎてから、という出し惜
しみ作戦も奏功し、ヘンテコなムートーなる怪獣との対決は闘いを見せないカッ
ティング含めて、なかなかカッコいい造型だ。留飲が下がる思いがした。しかし、
夜や雨のシーンを多用し、ローキーの中でスリリングな画面を作る志向性は良い
点だろう。この点で云うと、ゴジラ登場前の、鉄橋にムートーが出現し、アーロ
ン・テイラー=ジョンソンや兵士たちと対決するシーンが好きだ。
私はゴジラには思い入れや固定観念のほとんど無い映画ファンだと自認してい
るが、単純に本作のビジュアル(デザイン)にも物足りなさを感じた。また、純
粋な見せ物的、活劇的面白さという意味では1998年のエメリッヒ版を、上に置く。
あと、戦後のアメリカによる原水爆実験の目的への言及には唖然となったが、こ
れは、笑えないジョークのようなものだと受け止め、映画の良し悪しには影響の
ない部分だと考えている。
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